板状の弓 Part-3
- Satoshi Kamata
- 3 日前
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一般的な弓の歴史を語るには、19世紀前半に音楽学者が記した弓の進化の歴史の誤りを正すところから全ては始まる。最も正確で多岐にわたる弓の歴史を書いた最初の人物は、イギリスのヘンリー・セイント・ジョージである。セイント・ジョージが弓について著本を出版したのは1896年のことで、彼が当時のイギリスで知り得たことを記したこの本は130年経った今でも色褪せることなく輝きを放っている。というより我々の知見がさほど深まっていないだけなのかもしれない。

彼が当時目にしたであろう世界各地の弓奏楽器の一部は浜松楽器博物館でも見ることが出来て、楽器と弓の形状や弓毛の固定の方法などの違いを観察出来て面白い。サマルカンド辺りで生まれた弓奏は世界各地に拡がっていったが、手元に毛箱のように毛束を平らなテープ状にする機構が発生したのはある時期の欧州においてであり、歴史の妙である。胡弓のようなゆるゆるのテンションからゆるめのテンションへ移行しただけかもしれないが、弓にとっては最初の大きな一歩と言える。

胡弓では弓毛を弦に置いて中指と薬指で毛束を引っ張って張力を加えるが、手元のブロックは最初はその代わりのようなものであったのだろう。古の板状の弓の形を試してみると横に対する圧力に強く、ブレがない。アップ、ダウンをずっと繰り返すのには適した形状だが、ディタッシェのようなことには毛のテンションがまだゆるく適していない。

このような弓にしか表現出来ないことは勿論あるが、弓でリズムを刻み飛んだり跳ねたりするようになるのはまだ先のことだ。ここからモダンボウへ至るまでの工夫の一つ一つが音楽表現に直結していることが面白く、数百年という月日と実験の数々を想うと尊いものがある。
参考文献・画像:THE BOW,ITS HISTORY,MANUFACTURE AND USE/HENRY SAINT-GEORGE