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馬毛について



ルッキの毛は好き嫌いが分かれるが、ルッキの自伝を読むと何となく見えてくるものがある。ジョバンニ・ルッキはコントラバス奏者としてキャリアをスタートし、周辺の奏者の弓の毛替えをするところから弓職人の道を歩み始めた異色の経歴の持ち主である。弓の毛には並々ならぬこだわりを持って理想の毛を捜し歩いた結果、通説にある寒冷な北国の馬毛よりも暑い地元の馬毛のほうが弓には適していることに気付いたという。彼は良い馬毛の条件とは無漂白で引っ張ってもなかなか切れずある程度伸びる強い毛であり、水分をよく吸い込むような引っ張ってすぐに切れるような毛は弓用には適していないと言う。


機器による引っ張りテストを行い、色々な毛を試した上で自分個人としての意見では、強い弓にはルッキの言うように水をあまり吸い込まず引っ張ってもなかなか切れないような馬毛が適していると思う。特にコントラバスやチェロ、そしてルッキが作っていたような強い弓にはルッキの毛やM社が扱っているような太い毛が、弾いた時に手ごたえや音に厚みがあって良いと思う。一方で同じ毛をしなやかな古い弓に張ると何か違うと感じてしまう。単調で音に艶がなくつまらない。そんな弓には逆にルッキが使うなと言って忌避していたような毛を張ると具合が良い。引っ張りテストの結果や吸水性と演奏性にはちゃんと理屈があるのだろうが、深堀している時間がないので未だに経験則で止まっている。いつかもう少し詳しく調べてみようと思う。


ルッキが良い馬毛の産地として挙げていた国に放牧に適した環境があり温暖な地域もあるアルゼンチンがある。昔カナダの業者から取り寄せたアルゼンチン産のものは白い毛で目だった特徴はないものであったが、最近T社が扱っている黄みがかった灰色の毛は引っ掛かりが強く面白いと思う。見た目からして「放牧していたものをそのまま持ってきました」というようなものでお爺さんが毎回送ってくるらしく長さもまちまちでアルゼンチン産がどうのというよりこの方のチョイスや仕立て方に特徴があるのだと思う。水分を多く吸い込む毛で引っ張りテストをするとすぐに切れる。指を毛束に通すと明らかに他の毛よりしっとりとしていて抵抗があって、弓に張ると弦をよく捉える。引っ掛かりが強く、大きな音がでる毛は黒毛のように太く、引っ張ってもなかなか切れない毛だと信じてきたが必ずしもそうではないということを気付かせてくれた毛である。以後キューティクルや表面の状態も併せてみることにしている。


バロックの弓にはデフォルトで黒毛を張るようにしている。「何故か?」と聞かれることがあるが説明が長くなってしまうので「同じ種類の毛を張って弓の違いを見る為です」とか大抵の場合そのようなことを言うことにしているが、本当のところはジャン=ジャック・ルソーがかつて著書においてバス・ヴィオルの弓には黒毛を張れと述べたことが印象に残っているからだ。特にルソーが好きだとかそういうわけではなく、バス・ヴィオルについて述べたことをバイオリンに当てはめることもないのだろうが、当時の人間が毛の種類を指定していることを面白いと思いそのようにしている。当時から弦の太さや黒毛を張るのか白毛にするのかといったことは人によって言うことが違った為、しばしば議論の対象となっていたらしい。結局のところいつの時代であってもどの様な楽器、弦、そして弓を使い、どのような場所でどのような音をだしたいのかというのは自分自身でスタンスを一つ決めて追及する他はなく、人任せにすべきものではない。黒毛にすると引っ掛かりが増して音は大きくなりどちらかというと音の肌理は粗くなるが、取り敢えず一旦は黒を張ることに決めている。細めの弦を張ってパッと音が出る楽器には合わないこともあるだろうが、今の演奏環境なども踏まえてそのようにしている。


バイオリンの弓用にイギリスのSowden社の毛が好きでしばらく仕入れてきたが、昨今の価格の上昇で他の馬毛に再び目を向けてここ数年ずっと探している。Sowdenの毛はモンゴルやカナダが産地で他社と何ら変わりがない。馬毛は毛束を仕立てる職人の個性であり、選別基準や調え方に違いが顕著に現れると思う。日本の馬毛なども今後試してみたい。


 
 

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